Scene.13 心地よい風が吹いている。
高円寺文庫センター物語⑬
「リリーさんって、女性なんですか?」
ボクら同時に突っ込んだ「さわっちょ!」
リリー・フランキーさんの新刊が、河出書房から出ると知って自分からサイン会交渉に乗り出して決めた、九州男児。内山株は上がったり下がったりで大変、大変。
「またさ、サイン会からトークショーと行きたいんだけど。チケットはいくらにする?」
「500円でいんじゃないですか」
無考えに突っ込んで来る京子っぺに、男子バイトすずもっちくんが「ふざけんな!」
ピンポイント・バイトで、京子ちゃんに入って貰っていた。一日を小刻みにバイトで繋ぐのには、遊軍的な存在はとても助かる。
自分探しの旅の途中の京子ちゃん、本屋を辞めて伊香保温泉の仲居さんを経験してきたそうだ。当時は稼げたんだねぇ、遠洋漁業の乗組員のようにしこたま貯め込んで帰って来ていた。
「だってね、だってね、店長!
伊香保での仲居仲間には、いろんな人たちがいたのぉ~レゲエ好き、クラブ好き、海外好き、スキューバダイビング好き、文系乙女とかなのよぉ・・・・
学歴も職歴も関係なくてねぇ、仲居で稼いで一気に飛躍ってみんな考えているの!」
「そんな凄い世界もあるんだなぁ!」
「店長から宿題に出された『伊香保通信』書き溜めたの、持って来ているから見てみて!」
まさか、ホントに書いていたとは思わなかった。手書きで絵やイラストも添えられた『伊香保通信』は、ボクらのツボにハマった。
「『店長、怒らないでぇ~ネピアやアタックも本のうち・・・・QJや米国音楽どころか、オリーブにスプリングすらない!』ってなんだよ、これは伊香保の本屋さんじゃなくてよろず屋さんだろ!」
仲居としての日常風景や、CD一枚を買うのに渋川まで出て行かないとならない苦労はまだよかった。
「京子っぺ、よぉ・・・・これさぁ~、温泉宿なのにお風呂は単なるお湯だっての! スクープには違いないけど、ヤバくないのか?!」
「だってぇ、公表するつもりで書いているんじゃないんだもん。非番の時は、ホントにすることないから書いているしかなかったの」
「そっか、無聊を慰めていたんだね」
「なにそれ、日本語で言ってよぉ・・・・」
「とにかくさ、この『伊香保通信』は世間に問いたい! 模造紙にでもコラージュしちゃってさ、ショーウィンドーに貼ろうよ!」
ノリと勢いでやっちゃったけど、なんの反響もなかったよな・・・・。
「店長。じゃ、リリーさんの前作を読まにゃあかんと。はい、これ」
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アタマの中には、The Lovin’Spoonfulの「Do You Believe in Magic」が流れる。
Scene.13 心地よい風が吹いている。